大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4641号 判決

原告 永田キク

被告 鈴木義光 外七名

主文

別紙物件目録〈省略〉記載の建物のうち、被告鈴木源太郎及び田村コトミは一階北側三畳二室を、被告平井芳子及び杉浦確は二階東側六畳を、被告赤羽友治及び樋口八千代は二階西側六畳を、被告鈴木義光及び坂井タキヨはその余の部分を原告に対し明渡すこと。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は仮りに執行できる。

事実

(双方の請求)

原告は主文同旨の判決を求め、被告等は請求棄却の判決を求める。

(原告の請求原因)

原告は、所有権の侵害を理由として被告等に建物の明渡を求めるものであつて、その経緯は次のとおり。

原告は被告鈴木義光に対し、原告所有の別紙物件目録記載の建物を昭和二十年八月、賃料一月金百十円と定めて賃貸したが、その後順次賃料を増額して昭和二十九年四月分からは一月金三千四百六十円となつたが、同被告は昭和二十九年十二月分から昭和三十年四月分までの家賃合計金一万七千三百円を支払わない。原告は、昭和三十年五月八日到達の書面で、同被告に対し右延滞家賃を書面到達後七日以内に支払うよう催告し、期間内に支払わないときは賃貸借契約を解除すると通告したが、同被告はこれに応じなかつたので、右の賃貸借契約は昭和三十年五月十五日限り解除された。しかるに被告等は本件建物に居住し、現にそれぞれ右建物の主文第一項記載の部分を占有しているので、被告等に対して明渡を求める。

なお、約定の家賃がいわゆる公定家賃を若干上廻つていたこと――例えば、昭和二十九年四月分から昭和三十年三月分までの公定家賃は一月金三千十九円である――は認めるが、既払家賃については返還を請求できないものであるから、被告等の抗弁は失当である。

(被告等の答弁)

原告の主張事実はすべて認めるが、契約解除の意思表示は無効である。

本件建物の約定家賃は公定家賃を上廻つていたので、賃借人である被告鈴木義光は原告に対し合計数万円にのぼる超過払をしている右超過分については同被告に返還請求権があるから、本訴で、これと原告主張の延滞家賃とを対当額において相殺する。従つて、延滞家賃の存在を前提とする解除の意思表示は無効であり、原告の請求は失当である。

(証拠関係)

省略

理由

本訴の争点は、被告等の相殺の抗弁が成り立つかどうかの点にある。原告が賃借人である被告鈴木義光から統制額を超過した家賃を受領していたことは当事者間に争がない。被告等は、右の超過支払分については返還請求権があるというが、こうした主張はあやまつているものと考える。

約定の家賃が統制額を超過している場合には、超過部分は地代家賃続制令に反するものとして無効になる。この点については格別異論はあるまい。もし超過部分の支払が不法原因給付にあたらないとすれば、借家人は不当利得としてその返還を請求できることになるし、不法原因給付にあたるとみても、不法の原因が受益者たる家主側にのみあるとみれば、同一の結論になる。現に後の立場に立つ裁判例もあるが、私は、こうした裁判例の態度は少し概念的で現実の事態にそぐわないものではないかと思う、結論を先きにいえば、私は統制額を超過した家賃の支払については利息制限法の制限超過の利息の支払と同一にみるのが妥当であると考えるのである。その理由は、

(1)  利息制限法も、名称にこだわらず、その実質をみれば、利息の統制法である。

(2)  利息も家賃も債権契約に伴つて発生する法定果実であつて、その法律上の性格が類似している。

(3)  金銭の貸借も家屋の貸借も、共に日常広く行われる私経済上の一般的な事象で、その社会的性格においても共通なものがある。

(4)  金銭貸借の場合には、家屋の貸借の場合に比して、統制違反の程度がより著しいように思われる、例えば、一月一割の割合による利息が約定されているような場合が多い。借主保護の面からいつても前者が後者に劣るとは思われない。しかるに既払の利息については新旧いずれの利息制限法によつても、借主はその返還を請求することができない。既払の超過家賃についてもこれと同様に考えるのがおだやかな態度ではあるまいか。金を借りる必要のない者でも借家は借りねばならないというのが、日本の現状ではあるが、これだけでは何故両者を別異に取り扱わねばならないかという説明にはならないだろうし、利息の約定は金銭消費貸借に付随する従たる契約であるが、家賃のとりきめは賃貸借契約そのものの要素であるという点も、この問題に関する限り、さして重要性をもたない。

(5)  地代家賃統制令は、統制違反の契約の私法上の効果については、なんの定めもしていない。この場合に、直ちに民法の一般規定で割り切ろうとする態度は少しせつかちである。類似の事象についてこれを規律している特別法がある場合には、先づ、その特別法の規定を十分に考慮すべきものではあるまいか。私は、こうした見地から利息制限法の規定を援用し、統制額超過の家賃の約定にいわゆる給付保持原因としての効力を認めるのが正しい解釈だと思うのである。

(6)  利息制限法には罰則の規定はないが、地代家賃統制令は統制に違反した貸主に罰則をもつて臨んでいる。違反者に対する法律の態度には寛厳の差があるのだから、違反行為の私法上の効果についても両者を同一に取扱うことは妥当を欠く嫌がないでもない。しかし、実際問題として、地代家賃統制令による取締はほとんど行われていない、罰則の規定は有名無実になつている。いわゆる統制違反行為の私法上の効力を判断する場合には、統制法規の性格を吟味すると同時に実施の実状をも参酌することが必要である。地代家賃統制令の実施状況をみれば、同令に罰則の規定があるからといつて、この点を余りに重視することは却つて事をあやまることになるように思われる。

要するに、私は、統制額超過の既払家賃については制限額超過の既払利息と同様に、例えば、相手方の窮迫に乗じて著しく不当な暴利をむさぼるといつたような特別の事情のない限り、原則として、これが返還を請求できないと解するのが実定法の正しい解釈だと考えるのである。本件の場合に、いわゆる右の特別の事情のないことは弁論の全趣旨に徴して明らかであるから、被告等の抗弁はこれを採用しない。

なお、被告等は本訴において初めて相殺の意思表示をしているのであるから、仮りに統制額超過の既払家賃について返還請求権が認められるとしても、原告のなした解除の意思表示にはなんの消長もきたさないものであることを附言しておく。

右のとおり、被告等の抗弁は失当で、原告の請求は理由があるので主文のとおり判決する。

(裁判官 石井良三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例